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高松高等裁判所 昭和25年(控)206号 判決

被告人

篠原義喜

主文

本件控訴を棄却する。

当審に於ける訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人深田小太郞の控訴趣意第一点について

(イ)(一)  原判決が其の事実の摘示として(事実)起訴状記載の公訴事実の通りであるから之を引用する。但し一の事実中「反物手付金名義」とあるのを「借用金名義」と訂正すると判示したのは所論の如く裁判所自らが訴因を訂正変更したものというべきではない。

(二)  刑事訴訟規則第二百十八条によれば地方裁判所又は簡易裁判所に於ては判決書には起訴状に記載された公訴事実又は訴因若しくは罰條を追加若しくは変更する書面に記載された事実を引用することが出來ると規定せられて居るが裁判所が起訴状の記載等を引用すると否とはその自由裁量に属し從つて判決書の一部にそれを引用し其の余の部分は引用することなく判決書作成の本筋に則つて裁判所自ら犯罪事実を判示することもその自由裁量に属するのである。本件の場合は正に後者に該当するのである從つて原審が所論のように檢察官が訴因を訂正変更した事実を証明するに足るべき第一回公判調書中当該部分の記載ある調書を引用する旨を判示して置かなくても毫も違法ではない。

(三)  刑事訴訟法第二百九十一条第二項には裁判長は被告人及び弁護人に被告事件について陳述の機会を與えなければならないとなつて居ること、而して第一回公判調書を見ると檢察官は訴因第一の手附金名義とあるのは借用金名義の誤りであり訂正する旨を述べたと記載せられて居るのに裁判長が被告人及び弁護人に対しこれについて陳述の機会を與えた旨の記載もなく又被告人及び弁護人がこれについて陳述した旨の記載もないこと所論の通りである。これは所論のような訴訟手続に法令の違反があると解するのが相当であるがこのような手続違背は本件の場合判決に影響を及ぼさないこと明白である。

(ロ)(四)  原判決の適用法条の項に刑法第十条の記載のないことは原判決の記載に徴し明らかであるが刑法総則の規定は適用せられたことが認められる以上明示を要しないのであつて右適用法条の項掲記の法条及び主文の刑等によつて考察すれば原判決は刑法第十条を適用して刑の軽重を比較し併合罪加重の上其の刑期範囲内に於て主文の刑を量定処断したことが看取せられるから原判決には此の点に関し刑事訴訟法第三百三十五条第一項の違背はない。

(弁護人深田小太郞控訴趣意第一点)

原判決は理由不備の違法があるか又は判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり到底破棄を免れないものと信ずる。

一、原判決はその理由に於て起訴状記載の公訴事実を引用し

その但書に

「一、の事実中「反物手付名義」とあるを「借用金名義」と訂正する。

と判示して起訴状記載の被告人の欺罔の具体的手段方法たる事実を裁判所が訂正した旨を明かにされた。而し起訴状起載の訴因の訂正変更は檢察官の專権に属し裁判所自ら任意にこれを訂正変更することは許されていない。

若し右判文の趣旨が檢察官に於て訂正せられたる意味に解するのだと云うのならば原判決は刑事訴訟規則第二一八条に基き檢察官が訂正変更した事実を証明するに足るべき第一回公判調書中、当該部分の記載ある調書をも引用する旨を判示しておかねばならない。

然るに原判決の理由中には全くこのこと無し、故に原判決はこの点に於て明かに理由不備か法令違反の違法がある。

二、原審は檢察官が右起訴状記載の訴因第一の事実を訂正した後に於て該訂正部分につき被告人及び弁護人に対し冒頭陳述乃至意見を述べる機会を全然與えて居らない。

即ち第一回公判調書の記載を見るに檢察官は「訴因第一の手付金名義とあるのは借用金名義の誤りであり訂正する旨を述べた」とあるのみである。

右訂正部分の事実は欺罔の具体的手段方法であり詐欺犯の構成要件の一部であるから被告人及び弁護人に対して刑訴第二百九十一条に基き被告事件について陳述の機会を與えなければならないのである。故にこの点に於ても原判決は明かに違法の判決である。

三、原判決は法令の適用を示して居らない從つて理由不備の違法がある。

即ち原判決は刑法第四十五条第四十七条の適用を示しながら刑法第十条の規定を適用して居らぬが刑訴第三三五条に違反し從つて未だ理由に備わらない違法があるといわねばならない。

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